
〈映画祭〉と聞いて、僕はいつも頭に描く夢があります。映画祭は期間が限られているので、その延長上ですが僕の夢は自分が経営する映画館です。スクリーンは2つ、上映映画は皆、僕の好みの作品ばかりです。「勝手にしやがれ」、「大人は判ってくれない」、「アマルコルド」、成瀬巳喜男の「浮雲」、小津安二郎の「生れてはみたけれど」等々。館内にはおいしい食べ物があって、美味なお茶と珈琲もある。映画に関する書籍も売ってるんです。ポイントは排他的にならないことにあります。映画の好きな人であれば誰でも歓迎、金持ちも貧乏な人も皆、歓迎。映画祭も世界中にたくさんあって、映画の作り手も時代と共にどんどん出現します。
そして僕が映画祭に、新しい映画監督たちに何を期待するか?
この問いかけは根の部分として、僕の夢見る映画館と同じものがある。時代は移り変わり、作品の撮影スタイルは様々に異なるだろうが、根本のところで人間がどんなふうに他の人間に関心を持つのかを見せてほしいのです。映画館も映画祭もある空間を提供することにおいては、変わりがないでしょう? 僕は映画館で僕の好みの映画を提供する、それらの作品には、簡単に言うと現代が失いつつある、また失いやすい他人への関心が残っている。僕はそれを新しい映像作家たちにも期待したい。そして『東京フィルメックス』には、この映画祭を立ち上げた最初の理由は何だったのかという、基本をずっと忘れずに運営していってほしい。それが映画祭の形骸化を防ぐ方法でもあると思うのです。生活に日々気ぜわしい人々が、立ち止まって映画を見に来る、そして生活を見る別のまなざしを知る、『東京フィルメックス』にもそんな存在であってほしいと思います。
11月にお会いしましょう。
台北にて ホウ・シャオシェン
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審査委員長:
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
台湾 / 映画監督
1947年、中国広東省梅県に生まれ、翌年、台湾に移住。国立芸術学院の映画・演劇科を卒業後、スクリプター、助監督として映画界に入る。1979年、『ステキな彼女』で監督デビュー。長編第4作の『風櫃の少年』、第5作の『冬冬の夏休み』が2年連続してナント三大陸映画祭でグランプリを獲得、"台湾ニュー・シネマ"の旗手として国際的に注目を集める。1989年、長編第9作の『悲情城市』が中国語圏映画としては史上初めてヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲得。その後も精力的に作品を発表。1993年には『戯夢人生』でカンヌ映画祭で審査員賞を受賞。1999年に監督した『フラワーズ・オブ・シャンハイ』はフランスで25万人を超える大ヒットを記録した。現在、世界がその新作を待望する巨匠の一人である。
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ウルリッヒ・グレゴール
ドイツ / 前ベルリン映画祭フォーラム部門ディレクター(1971年から2001年)
1932年、ハンブルグ生まれ。フランス文学とジャーナリズムを学ぶ。1955年には新聞で映画記事の執筆を開始し、その後、雑誌、ラジオ、テレビへと活動の場を広げる。1963年、「ドイツ・キネマテーク友の会」を共同で設立。1966年から1972年にかけては、ベルリンの「ドイツ映画学校」で'映画史'と'映画理論'の講師を務める。1971年には、ベルリン映画祭の"フォーラム"部門のディレクターに就任。同部門は世界中の新進作家による作品を積極的に紹介し、新しい作家の出現の窓口として、大きな役割を果たしてきた。現在は、「ドイツ・フィルム・アーカイヴ友の会」の委員長としても活躍中。
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李涓好(イ・ヨンホ)
韓国 / ジャーナリスト、『キノ』編集長
1961年、ソウル生まれ。韓国を代表する映画批評家。大学時代、韓国文学を専攻し、学生劇団で活動する傍ら、映画のレヴューを書き始める。卒業と同時に、韓国で15年ぶりに映画批評を復興させた新創刊雑誌『スクリーン』に参加。以後、映画記者として17年間のキャリアを持ち、現在は1995年に共同で創刊した月刊の映画雑誌『キノ』の編集長を務める。 作家主義を中心に置いた深い分析で知られる『キノ』は、アジアの映画に大きな関心を抱き、日本映画、中国語圏の映画(中国、台湾、香港)、そしてイラン映画の韓国での普及に大きな役割を果たしてきた。彼女はまた、フランスのCNCに相当するKOFIC(Korean Film Commission)のメンバーとして政策形成に参加することにより、韓国映画産業の育成にも力を注いでいる。
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岡本みね子
日本 / プロデューサー
1937年、東京生まれ。早稲田大学心理学科卒業。シナリオ・ライター志望だったが、岡本喜八と出会い、卒業と同時に結婚。1968年の『肉弾』以来、喜八プロダクションで製作に携わる。1981年に『キッドナップ・ブルース』(監督・浅井慎平、主演・タモリ)プロデュース。1991年プロデュース作品『大誘拐』(監督・岡本喜八、主演・北林谷栄)で藤本賞を受賞する。1995年の『EAST MEETS WEST』では初の海外ロケーションにも挑戦し、成功をおさめた。プロデュース作品である1996年の『風のかたみ』(監督・高山由紀子)は各国の映画祭でも上映された。
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ジェイコブ・ウォン
香港 / 映画評論家
1955年生まれ。1997年から2000年にかけて、香港国際映画祭でのアジア映画部門のプログラマーを務めた。 現在は、ロカルノやベルリンなどのヨーロッパの映画祭に対して、アジア映画に関するアドバイザーを務める。 また映画評論を執筆する傍ら、シラキューズ大学香港センターでアジア映画論の教鞭をとる。
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